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「どうしたんですかねおねえちゃん?
 用があるならわざわざ寮長室まで呼び出さなくても宜しいのではないかと思うのでありますが…」
妙に畏まった口調の葉留佳に対し、佳奈多はまるで気にかける事無く切り出す。
「寮長として呼び出したのだからここで話すのは当然でしょう? 呼び出した理由も察して欲しいものだけど」
「いやぁ、何のことでしょうかネ」
「とぼけないで、あなた最近また悪戯の頻度が増えてるじゃないの? 折角少しはおとなしくなってくれたと思ってたのに…」
「いやーっ、最近強力なライバルが現れましたからネ。はるちんとしては負けてられない所なのですヨ」
「あやね… 全く、ルームメイトにするんじゃなかったかしら」
朱鷺戸あや――通称:沙耶は転入生の風紀委員ブラックリスト入り最速記録を更新したとして、
既に他のバスターズメンバーに劣らぬお騒がせ娘として知られている。
「だって沙耶はスパイ活動とかで面白そうな事してるじゃないですか。だからはるちんも対抗してですね」
「しなくていから」
「まあまあ佳奈多さん、とりあえず本題に移ろうよ」
毎度ながら妹に手を焼く佳奈多に対し、男子寮長の理樹が助け舟を出す。
「…そうね。そういうわけで葉留佳、あなたには寮会からペナルティを課します」
「えぇーーっ、聞いてないよそんなのーーっ」
「まあ正確にはペナルティともちょっと違うけど。でもこれはあなたが言い出した事でしょう?」
そう言って佳奈多は、一枚の用紙を取り出して葉留佳に見せた。
「へ? …これって、整備委員?」
「そう。人数が足りていないからまだ正式な委員会としては認められないので、当分は寮会の管轄下に置くことにするわ。
  で、これは寮会から整備委員長への最初の依頼というわけ」
「つまり、整備委員会の仕事として、寮の掃除などをしろってこと?」
「そういう事。別にある程度人を集めても構わないわよ。人数が集まれば正式な委員会として認められるでしょうし」
「むぅ…。整備委員の仕事とあっては仕方ありませんネ。ではちょいと頑張ってきますか」
「まあ、大変そうだけど、頑張ってね」
そう言って曖昧な笑顔で葉留佳を送り出そうとした理樹に向けて、佳奈多が言い放つ。
「あら、他人事のように言ってるけど、直枝は副委員長になってるわよ?」
「はい!?」
「やはは、そういえばそうでしたネ」
「自分で書いてて忘れてたの!?」
「まあいいわ、今日はこっちの仕事も少ないから、直枝も一緒に行ってあげて」
「まあ、いいけどね…」
「さっすが理樹くんっ。ではささっと行って終わらせてきちゃいましょうか!」
こうして、急遽発足した整備委員の第一回目の活動に、理樹は半ば強引に連れ出されるのであった。


「さてと… あや、いるんでしょ? 隠れていないで出てきなさい」
「ふむ、感づかれていたか」
そう言いながら、ベランダから来ヶ谷が姿を現す。
「って来ヶ谷さんまでいたんですか…」
「朱鷺戸女史が中々面白そうな事をするようだったのでな。沙耶君も寒いなら入るといい」
「うう… どうせあたしはこの寒い中何にも防寒対策して来なかったわよ、
滑稽でしょ? 笑えばいいじゃないのよ… あー寒いっ」
寒さに震えているためか、沙耶の自虐もいつものキレがない。
「ホント、馬鹿ね。で、何やってたのよ」
「佳奈多が理樹くんに手を出さないか監視」
「なっ、するわけ無いでしょうっ!? そんな馬鹿な事する暇があったら葉留佳達を手伝ってきなさいよっ」
「そうだな、今度は理樹君は葉留佳君と二人っきりのようだから、気になるなら行ってくるといい」
「そうね、じゃ今度は葉留佳のとこ行ってくるわ… ふゎぁっくしゅん!」
盛大なくしゃみをしつつ、沙耶は寮長室を出て行った。
「さて、佳奈多君は、二人がどうなるか気にならないのかね?」
「別に、きちんと仕事をしてくれれば文句はありませんよ? それにこれは葉留佳が望んだ事ですからね」
「そうか、それにしても君達姉妹は互いに気遣い合っているようだが、もっと自分の欲望に忠実であってもいいんじゃないか?
 たまには『葉留佳も直枝も私のものよ絶対に渡さないわ』位叫ぶといい」
「そんな事考えるのは来ヶ谷さんだけですっ」


いつものようにお茶会をしていた小毬や鈴達に加え、やはりいつものように筋トレをしていた真人を捕まえ、
臨時の整備委員としての協力を要請し、理樹と葉留佳の二人も仕事に取り掛かる。
「この寒い中、真人に荷物運びとか押し付けちゃったけど、大丈夫かなあ?」
「やはは、『その鍛え上げられた筋肉の見せ所、期待してますよ』って言ったら、はり切って行っちゃいましたネ」
季節は冬。三年生は卒業を控えた時期であり、寮会主宰による卒業生送別会の企画のため、
理樹は仕事に追われる日々であったのだが、今や寮内の窓拭き要員と化していた。
「送別会といえばさ、恭介くんに対して卒業祝い的なイベントって何かやるの?」
「うーん、なかなかいいアイディアが浮かばないんだよね。そもそもそれまでにちゃんと進路が決まってるのかなあ…」
「あれ、理樹くんは今の状況とか聞いてないの? どこに決まったとか落ちたとか」
「いや僕は聞いてないし、鈴も聞いてないみたいだよ。未だに決まってないでどうすんのかなあ」
「恭介くんならどうにでもしちゃいそうな気がしますけどネ」
元リーダーの将来を案じる理樹に対して、葉留佳はどこまでも楽観的であった。

「それにしても、恭介くんが卒業したら、理樹くんが名実共にリーダーになるわけだよね」
「うん、まあそうなるけど」
「そうすると、理樹くんはこれでメンバーの女の子からよりどりみどりってわけですか。
うわーっ、これ何てハーレムですかネ!?」
「何ハーレムって! 僕が鬼畜みたいじゃん!?」
「まぁまぁ、今も実質ハーレムみたいなもんだし」
「フォローになってないよそれ!? 勘弁してよね…」
まだ掃除を始めて余り時間は経っていないが、理樹は既に疲れ切ったような声である。
「それはそうと、理樹くんはおねえちゃんと二人っきりで何しようと考えてたのかな?」
「いや何もしませんからっ。何かしようったって後が怖いよ」
「なーんだ面白くないですネ、じゃあおねえちゃんの方からは… ってそんなことありませんね、
あの奥手少女かなたんが自分から何かしでかそうだなんて想像つきませんよ」
「奥手っていうより、真面目というか公私混同はしないようにしてるんじゃないかなぁ」
「なーんか他人事のように言いますネ、当事者なのに。理樹くんは実際にそういう事に興味無いの?」
「い、いや、別にそういうわけでは…」
「そうだ、この際はっきりしてもらいましょうかね、理樹くんが今誰が好きなのか!」
「…またこうなるのか…。前にあやとか佳奈多さんにも聞かれてるんだけど」
「へ? おねえちゃんが聞いてきたの?」
「うん、今と似たような話の流れだったよ」
「そっか、何だかんだ言っておねえちゃんも気にしてるんだねぇ」
どこか感慨深そうに、葉留佳が呟く。

「それで、理樹くんの気持ちはどうなの? もしかして美魚ちんが喜びそうな関係だったりする?」
「そんな訳無いでしょ!!」
美魚が好む薄い本を思い浮かべ、理樹は全力で否定する。
「でも、理樹くんだったら誰でも選べるんだよ? 今のバスターズにいる子はみんな理樹くんのことが好きなんだし。
みんなの気持ちに気づいてないわけじゃないでしょ?」
「まあ、そこまで鈍くは無いつもりだけどさ。でも少なくとも古式さんと笹瀬川さんは謙吾が好きなんだし、
クドは真人と仲いいじゃない。別に僕だけが特に好かれてる訳じゃないんじゃないかな…」
「ほう、実は理樹くんはみゆきちが好きで、謙吾くんに嫉妬してたりするんですか」
「いやいやいやそんなことないって!」
「冗談ですヨ。そんな慌てて否定しなくてもいいじゃん?
  でもね、クド公は、前に一度『真人くんと付き合わないの』って聞いてみた事があるんだけどね。
  そしたら、『リキのことも好きですから、どうしたらいいんでしょうか』って、真剣に悩まれちゃってね。
おねえちゃんに『クドリャフカを困らせないで』って怒られちゃったよ。
  こまりんや美魚ちんも、恭介くんと仲良かったりするけど、同じように思ってる筈だよ?」
軽薄な調子だった葉留佳の口調が、ここに来て徐々に真剣なものへと変わっていった。
「それにさ、おねえちゃん…佳奈多だって、口では興味無いように言ってるけどさ、
仕事の話してる時とかの態度でバレバレなんだよね。全く、佳奈多ももっと素直になればいいのにね」
そこには既に、普段の道化を演じた面影は無く。
「あとは…、私の気持ちはさ、今更言うまででもないよね? もう伝えちゃってるんだし」
少し照れくさそうに、しかしどこか不安そうに問いかける葉留佳に対して、理樹は何も答えることが出来ないでいた。

「佳奈多を連れ出して逃亡生活始めようとした時はさ、大好きな佳奈多と理樹くんと、
三人で一緒に暮らせるのがすごく嬉しかったんだ。
だから、それが一週間で帰って来られたのは、良かった事なんだろうけれどもちょっぴり残念だったんだよね」
理樹の返答が無いのにも構わず、葉留佳は続ける。
「私としては、あの時みたいに理樹くんと佳奈多と三人で、ずっと一緒に過ごせるのが理想なんだけどね。
  でも、みんなの気持ちも知ってるから、理樹くんが誰と付き合うとしても納得出来ると思うんだ。
バスターズのメンバーだったら理樹くんを独り占めにするようなことも無いだろうしね」
「…そういえば前に言ってたっけ、ひとを独占する事は出来ないって」
それはいつの事だったろうか。「あの世界」にいる間の事か、良くは思い出せないけれど。
その言葉は妙に印象に残っていた。
「あ、覚えててくれてたんだ? 
  そうだね、今までと同じような関係でいられるなら私は理樹くんの気持ちを応援するよ?
  だから、理樹くんが今どう思ってるのかを知りたいわけなのですよ」
結局そこにたどり着くのかと、溜息をつきながら、理樹は観念したように言った。
「僕は、今のリトルバスターズのみんなと一緒にいられる事を大事にしたいから、誰か一人だけと付き合うような事は
出来るだけ考えないようにしてるんだ。
  みんなで色々な事をして遊んでいられるのも高校生のうち位だから、今は誰か一人を選ぶよりもみんなで遊べる方が楽しいからね」
葉留佳のことも、佳奈多や他のメンバーのことも、みんなが大事だという、偽り無い答え。
理樹の答えに、葉留佳は期待が外れて残念なような、それでいてどこかほっとしたような表情で言う。
「むぅ…、何とも優等生的な回答でつまんないですネ。
  もっと何か、どの子の何が気になるって言うのは無いの?」
「いやまあ、それを言ったらみんなそれぞれ違った魅力があるから選べないというか…」
「やっぱり無難な答えですね。八方美人は愛想尽かされちゃいますよ?
  じゃあさ、鈴ちゃんや沙耶は? 名前呼び捨てにしてるけど、幼馴染だから特別なの?」
次の問いかけに、理樹は少し考えながら答える。
「うーん、鈴は小さい頃からずっと、女の子だからって意識しないできたからなぁ…。
あやはもっと小さい頃だったから、今更あやちゃんって呼べないからね」
「でもさ、そういう小さい頃からずっと続く関係って、ちょっと羨ましいな。…そうだっ」
葉留佳は手を叩いて立ち上がると、いつもの悪戯を思いついたような笑顔で言う。

「じゃあさ、私のことも、さん付けにしないで、葉留佳って呼んでくれる?」
「えぇと…、それはちょっと難しいんじゃないかなぁ」
「えぇー何でーっ? さん付けにするよりは親しい関係っぽいじゃん」
「いやだって急に呼び方変えたら、何があったのか色々疑われたりしない?」
「べつにいいじゃん、だったらこまりん達も同じように呼べばいいんじゃない?
 おねえちゃんに佳奈多って呼んだらどんな反応するか試してみたいと思わない?」
「それはちょっと興味あるけど、怖いからやめときたいというか、」
理樹もいつものように、困ったような笑みを浮かべる。

「おーーい理樹ーーっ、こっちの仕事は終わりでいいかーーっ?」
「あっごめん真人、今そっち行くよ!」
真人の声に、理樹は逃げるように駆け出していった。
「あぁっ、理樹くんちょっと待ってよ!? まだ何も終わって無いじゃん?」
葉留佳も慌ててあとを追いかけていく。


「それで、ちゃんと掃除は終わったの?」
その夜、この日の作業の確認のため、佳奈多が葉留佳の部屋を訪れていた。
「まあね、その後沙耶とかこまりん達にも手伝ってもらったから、一応は終わったよ」
「全く、何であたしまで整備委員なのよ…」
沙耶はまたしても隠れて葉留佳と理樹の様子を伺っていたところを見つけられていた。
「スパイだか何だか知らないけど、下らない事やってるよりは仕事してもらう方がいいわね」
「やはは、それにこっちの方が理樹くんと一緒にいられるしね」
「あら、あたしを仲間に引き入れるなんて敵に塩を送るようなもんじゃない? いいのかしら?」
「まあどうせ墓穴掘るのが目に見えてるしね」
「どーいうことよ!?」

「でも結局、理樹くんが誰が好きなのか、はっきりしないのね…」
「そうだね、でもやっぱりそれでもいい気がしてきたよ」
「あんなに気にしてたのに、ずいぶんあっさり言うのね」
「あんなにって、あなたまた懲りずに覗いてたわけ?」
佳奈多が呆れたように言うが、葉留佳の方は特に気に留める事も無く続ける。
「だってさ、理樹くんも言ってたけど、今のリトルバスターズのみんなで一緒にいられる事を大事にしたいって。
  今しか出来ない事を今のうちにたくさんやって、色々悩むのはそれからでいいかなって思ったわけなのですよ」
まだ先は長いけれど、それでも限りが無いわけではないから。
いつか前に進むべき時が来ても、後悔せずに笑って先へ進めるように。
「まあそういうわけでさ、沙耶もせっかくバスターズに入ってるんだから、今しか出来ないことを楽しんだ方がいいんじゃない?」
そう言って笑顔を向けてくる葉留佳に、沙耶は答える。
「それもそうかもね…。
  でもあんまり悠長にしているようじゃ、その隙にあたしが理樹くんをゲットするわよ?」
「ふふん、望むところだねっ。こっちには佳奈多もついてるからね」
「ちょっと、勝手に巻き込まないでよ」
「またまた、興味無い振りしちゃって、おねえちゃんだって気になってるくせに〜?」
…こうして今日もまた、騒がしい一日は過ぎてゆく。

一方。男子寮、理樹の部屋。
「で、理樹は誰が好きなんだ?」
「…またですか。いい加減飽きてきたんですけど」
「もちろんオレだよな? 毎日の筋トレで築き上げた筋肉との絆は誰にも邪魔はさせないぜ!!」
「俺を選んでくれるなら、俺は一生お前を守ろう。今なら新型ジャンパーも作ってやるぞ」
「もう勘弁してください…」
…こうしてむさ苦しい夜は更けてゆく。

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Blog:無常の流れ

 

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