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―バレンタインの詰め合わせ― 理樹編 真人編 謙吾編 恭介編 ---side 直枝理樹---
「それで沙耶は結局チョコ作れたの?」 「一応出来たことは出来たけどさ…」
葉留佳の問いに、沙耶はうな垂れたまま答えた。
2月14日、一年で最も多く手作りチョコが配られる日である。 昨夜はバスターズ女子メンバーも合同でチョコ作りをしていたのだが、沙耶は一度、溶かしたチョコを盛大にぶちまけてしまい、 他のメンバーが作り終える中最後まで残っていた。
「ちょっと目を離した間に焦がしちゃったわよ…。これもただ溶かして固めただけよっ。 どうせあたしはチョコもまともに作れないわよ、笑いたきゃ笑えばいいわっ」 「ま、まあ気を落とさないで、ちゃんと出来たんなら良かったじゃん」
2人が話している所に、目当ての人物である理樹がやって来る。
「あっ、早速理樹くんがいましたネ。おーい、理樹くーんっ」
それなりに多くのチョコが貰えるであろう状況にも関わらず、理樹の足取りは重く、かなり暗い表情である。
「ああ、2人ともおはよう…」 「どうしたのよ? せっかくのバレンタインだっていうのに」
女子2人に話しかけられてもテンションが上がらないまま、理樹が答える。
「それが酷い夢見ちゃってさ…。 バレンタインなのに周りに男しかいなくて、男ばっかりがチョコ持って押しかけてくるんだよね…。 それで気が付いたら何故か僕が女装してて、今度はチョコをくれって大勢の男に迫られるんだ…」
あんまりな理由に、葉留佳・沙耶共に絶句。
「…それはまたご愁傷様としか言いようが 「その話詳しく聞かせてもらってもいいですか!?」
突然声がした方を振り返ると、マスクをかけた美魚が、風邪のせいか叫んだ為か少し咳込んでいた。
「もう美魚ちん大丈夫? 無理しないで休んでた方が良くない?」
葉留佳が心配そうに声をかけた。
「ご心配には及びません、わたしとしてもこの日に休むわけにはいきませんので。 それに風邪を引いたというよりは、NYPが活発化した反動で体調を崩したようです」 「そういえば、昨日のバトルで真人くんを一撃瞬殺してましたネ」 「ねえ、そのNYPってのが未だによくわかんないんだけど」
沙耶が疑問の声を上げる。まだ加入して日が浅く、自滅癖があるためバトルランキングの最下層にいる沙耶は、 中位をキープする美魚とは対戦した事が無いために未だNYPについてよく知らないでいた。
「"何だかよく分からないパワー"ですから、それこそ何でもありなのかも知れません。 直枝さんがそのような夢を見たのも、NYPが直枝さんの夢に干渉した可能性もあります。 それで直枝さん、夢の内容について詳しくお聞きしたいのですがっ」
いつになく興奮した様子の美魚に対して、理樹は沈んだ調子のまま。
「…いや、西園さんが期待してるようなものでも無いと思うよ…。真人みたいなごつい奴ばっかりだったからね…」 「う、美しくないです…、やはり期待通りとはなりませんか…」
2人そろって重い雰囲気になってしまった。
「あーもう、いつまでもそんな夢のことなんかで落ち込んでないでよっ」 「そーですヨ、ほら、はるちんの自信作のチョコレートマフィンあげるからさっ。 まあ後でおねえちゃんからも似たようなのがあるだろうけどネ」 「ではわたしもこれを。大した物ではありませんが」 「ありがとう…。女の子からもらえて助かったよ…」
沙耶、葉留佳、美魚からそれぞれ渡され、感極まった様子の理樹である。
「そんなにひどい夢だったんですかネ…」
この後理樹が、夢の通りに男に迫られたり、女装する羽目になるかどうかは、また別の話である。
---side 井ノ原真人---
「クー公、作ってくれたのはありがたいんだが、チョコまで野菜入りにしなくてもいいじゃねえか」 「井ノ原さんっ。ちゃんと野菜も食べないと駄目だっていつも言ってるじゃないですか」 「あら井ノ原、せっかくのクドリャフカの厚意を無駄にするつもり? わざわざあなたの為に作ってくれたというのに」
クドは真人のために作った特製の野菜ジュース入りチョコの感想を聞かせて貰おうとしたのだが、 真人はまだそれを食べていなかった。 そこでまたいつものクドの野菜講座が始まろうとした所で、同じ寮長の理樹を捜しに来ていた佳奈多が口を挟んだ。
「何だよ寮長、能無し筋肉がチョコを貰えるだけでも感謝すべきなのに作ってくれたチョコに不満を言うなんて おこがましいわねとでも言いたげだな?」 「凄いわね、ほぼ当たってるわ」
半ば呆れた様子で佳奈多が答える。 実際、昨年までなら真人がチョコをもらえる可能性はほぼ皆無だったのだから、これでも劇的に好転したと言えるだろう。
「でもよ、来ヶ谷の奴、キムチ入りのチョコなんて渡してきたんだぜ? それで今度はクー公のが色からして野菜ジュースの色だしよ」 「普通のチョコが良かったですか? 小毬さんが井ノ原さん達の分も作ってたと思いますが…」
どこか困ったような表情で、クドが指摘する。
「おっ、そういえば貰ってたの忘れてたぜっ」
そう言って鞄の中を覗き込むと、小毬からのチョコの他にもう1つの包みがあった。 葉留佳からのマフィンを食べかけのまま残したものである。それに気付いた真人が佳奈多に向かって問い詰める。
「そうだ、さっき三枝から貰ったマフィンなんだが、何か醤油の味がした上に、中にケチャップが入ってたぞ? もしかしてお前の針金じゃないだろうな!?」 「なによ針金って、もしかして差し金って言いたいの?」 「お前の差し金じゃないだろうな!?」 「また言い直すの!? ていうか私じゃないわよっ、どうせまた葉留佳の悪戯でしょっ!?」 「だって醤油にケチャップといえば二木のイメージがあるからなぁ」 「あんたは私の事をどういう風に見てるのよ…」
がっくりと肩を落とす佳奈多である。
「まあいいわ、直枝はこっちにはいないかしら?」 「はい、多分もう寮長室に行ってると思います」 「そう、じゃあ私はもう行くけど…、そうそう、せっかくだからクドリャフカにも渡しておくわね。あと井ノ原にはこれ」
言いながら佳奈多は2人にマフィンの包みを渡す。
「わふー、ありがとうなのです! リキにもこれからですか?」 「ええ、まあそうだけど…」 「そうですか、頑張って下さいですー」 「あーうるさいわね、じゃもう行くからっ」
佳奈多は足早に去っていった。
「ってこれ三枝のと同じじゃねえか! やっぱり2人で仕組んでやがったのか!?」 「井ノ原さん、普通のチョコの方が良かったですか…?」 「いや、せっかく作ってくれたんだから、ありがたく頂くよ」
上目遣いで問いかけるクドに対し、さすがに真人も良心が咎めるようだ。
「おっ、結構うめぇじゃねえか」 「ほんとですか!? よかったですー! じゃあ今度は私の野菜料理も食べてくれますか?」 「えーと、ちょっと考えさせてほしいんだが…」
何だかんだで仲の良い2人であった。
---side 宮沢謙吾---
バレンタインデーより遡る事数日。古式みゆきはバレンタインの日に何をすべきか決めかねていた。
「バレンタインデーに何をして差し上げれば、謙吾さんを振り向かせる事が出来るのでしょう?」 「…何故それをわたくしに聞くんですの?」
謙吾を想うライバルであるみゆきに尋ねられ、佐々美は多少苛立ちの混じった口調で答えた。
「謙吾さんを狙う好敵手である貴女の考えも参考にしようとしたまでです。 この前に美魚さんにも尋ねたのですけど、謙吾さんは今理樹さんと一緒に遊ぶ事に夢中なので、女性には興味が無いそうですので…。 確かに理樹さんは男性にしては可愛いでしょうけれど、謙吾さんを想う者もここに居りますのに…」 「…それは西園さんの願望ではありませんの?」 「いえ、男性同士の厚い友情もそれはそれで美しいとは思いますが、想いを寄せる女性の方にも振り向いて頂かないとっ」 「言いたい事は分かりましたから、そんな熱くならないで下さいますっ?」
微妙に噛み合わなくなっている会話に、佐々美は若干引き気味である。 みゆきはバスターズへの加入以来、片眼の件で絶望の淵にいたとは思えない位に精神的に逞しくなったといえるだろう。 中でもルームメイトとなった美魚の趣味に影響される所が多くなっているが、まだ腐女子の世界にどっぷり嵌るまではいかないようだ。
「失礼しました。それで佐々美さんはどうされるつもりなんですか?」 「そ、それはその… わたくしも悩んでいた所ですわ。最近の宮沢様を見ておりますと、何がお好みなのか分からなくなりますわ…」
普段は落ち着いたクールな性格でありながら、バスターズでの活動となると途端に真人にも劣らぬ馬鹿になってしまうため、 どちらに合わせるべきか判断がつかなくなってしまうのだ。
「ふむ、中々面白そうな… もとい、お困りのようじゃないか」 「来ヶ谷さんっ」 「面白そうとはどういう事ですのっ!?」
丁度通りかかった来ヶ谷が2人に声をかけていた。
「いや失礼。しかし謙吾少年も剣道部の女子を中心に結構な人気があるから、ちょっとやそっとの事では気は引けまい。 ここは一つお姉さんが秘策を授けようと思うが、どうだね?」 「はい、是非お願いしますっ!」
来ヶ谷の提案に即答したみゆきに対し、佐々美は怪訝な表情。
「…そう言って、本当は貴女が楽しみたいだけじゃありませんの?」 「無論楽しいがね、こういうのは君達自身で楽しまないといかんだろう?」
そしてバレンタインデー当日。
「なっ… 何事だ!?」
剣道部の練習を終えて部屋に帰ってきた謙吾が見たものは。
「謙吾さんの為だけに作りました。是非召し上がって下さい!」
夕食の支度を、何故か巫女服でしていたみゆきと。
「宮沢様、チョコレートケーキをお作りしましたので食べて頂けますか…?」
メイド服に猫耳、さらに猫柄エプロン着用の佐々美が中で待っていた。
「お前達一体どうしたんだ!? また来ヶ谷の仕業か?」
謙吾は奥にいた来ヶ谷を問い詰める。
「君は以前、巫女服が好みだと言っていただろう? それで今回みゆき君に着てもらった。 佐々美君には彼女の魅力をより引き立たせる衣装を選んだつもりだが、お気に召さなかったかな?」 「いや、そんな事は無いが、唐突な事で言うべき言葉が見つからん… それよりも、こんな格好させるなど、明らかにお前の趣味だろう?」 「確かに、2人にはまだコスプレをしてもらった事は無かったから、いい機会だとは思ったがね。 しかし2人共、君のためにここまでしてくれたんだ、それを無駄には出来んだろう?」 「それはそうだが…」
まだ困惑気味の謙吾であるが。
「宮沢様、いつまで話し込んでいらっしゃるんですの!? こんな格好恥ずかしいんですのよ!?」 「巫女服は初めて着ましたが、似合ってますか…?」 「ああ…、2人共、良く似合ってると思うぞ…」
彼らにとってのバレンタインは、ようやく本番が始まったばかりである。
---side 棗 恭介---

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